フィリピン大好きo(^o^)o -6ページ目

Maligayang Pasko

神父さま のフィリピンへの思い入れは、かなりのものがあります。

それは何十年もの間、支援をしている国だからです。


教会にも、フィリピンから運んだたくさんの聖像があり

クリスマスの飾り付けには、それらを使って祭壇を作ります。


神父さまと面識があるエセルを、教会へ連れて行きました。



イエス様生誕を再現した祭壇に足を踏み入れたエセルは…


『 素晴らしいですね。ここにいるとフィリピンを思い出します…かお

『 ホント、フィリピンの教会みたいな飾りつけだもんね 』


『 フィリピンの家族が恋しいです…しょぼん


『 そうだね、

当初の予定なら、あと10日もすれば帰国していたんだもんね 』


と言いながら振り返ると…

エセルは大粒の涙を流していましたガーン


初めての国で、3年間も頑張ってきた彼女です。

もうすぐ帰れると思っていたのが、急遽延期になりガッカリしたのと

このフィリピン風の祭壇をみて、張り詰めていた糸が切れたのでしょう。


エセルの気持ちが痛いほどわかり

私までもらい泣きしてしまいましたカゼカゼ




聖堂


そこへ神父さまが登場しました。


『 いいでしょう!!今年の祭壇は馬小屋の屋根を

 フィリピンをイメージして、椰子の木風にしたんですよ音譜

 アレレ、2人ともどうしたんですか?目が赤いですよニコニコ 』




エセルのホームシックが、少しでも和らぎますように…


再び、フィリピンスタイル♪

エセル家族の帰国 がいよいよ近づいてきたと思っていた頃…

彼女からのメールが届きました。


 また、私達の帰国が延びました。

 あと3ヶ月間、日本で研究してくださいとUSTから連絡がありました。

 荷物を梱包して、明日にも発送するつもりだったのです。

 子供たちのスキー授業で使うスキーの道具も

 すでに、友達の子供にあげてしまいました。


 これがフィリピンスタイルです。 hehehe

 でも、私はフィリピンスタイルは嫌いです。



エセル家族は

当初、9月に帰国する予定だったのですが

本国からの急な連絡で、ご主人の留学は

来年1月始めまで延長になっていました。

荷物の梱包をして、アパートの解約も済ませていたので

新しいアパートを探して、引越しをして、インターネットも暫く使えなくて

かなり大変だったようです。


そのため、今度こそやっと帰国できると

家族に会えるのを楽しみにしながら、準備していたそうです。


私と言えば…

またまたエセルとデートできるから

内心、フィリピンスタイルに感謝!! といった感じです。



新しいアパートへの引越しと、荷物の整理が済んだ頃

エセルにメールを送りました。


  子供たちと、遊びにおいでよ。

  お餅つきとソリ遊びしようよ 



エセルからの返信は


  今度の週末に、あなたの町へ遊びに行きます。

  お餅つきの経験ないのでとても楽しみです。

  お餅は大好きで、いつも近くのスーパーから

  甘い茶色のマメの入ったお餅を買って食べているんです。

  私達を迎えにこなくていいですよ。

  私は電車の乗り方を知っているし

  冬道の運転が危険な事も知っていますから



エセルからのメールは

彼女が、思慮深く奥ゆかしい性格のピナさんだとわかりますニコニコ


天国の子どもたち

ブログ友達のヒロさんから 教えてもらいました。


四ノ宮監督という方の存在です。

彼はスモーキーマウンテンで、6年の歳月をかけて

「忘れられた子供たち/スカベンジャー」という

ドキュメント映画を1995年に完成させました。


その後、2001年には「神の子たち」を完成させました。



どちらも

言葉では言い尽くせないほどの感情が込み上げてくる作品でした。



頑張っても頑張っても

這い上がれない子ども達の生活が映し出されています。


親に「これからはアナタが稼いでね」と言われ

それに対して何の疑問も持たず一生懸命ゴミを拾っている

けな気な子ども達が大勢写っていました。



成長しても、おのずとそのエリアに住む住人同士での結婚となり

子どもが生まれても栄養失調になり、満足に薬も買えないのです。


どうにもならない、やるせなさを感じましたが

これがフィリピンの現実です。




これらのの作品は

監督がスモーキーマウンテンに何年も住んで撮り続けただけあって

とても奥の深いものでした。

這い上がろうにも、そのチャンスさえ皆無な状態の

スカベンジャー達の現状を映し出していました。


この監督が次回作「天国の子供たち」を作るために

制作費を集める5000人委員会 という運動をしています。



フィリピンへの直接の支援にはなりませんが

監督に、たくさんの映画を作ってもらって

多くの人にフィリピンの現状を知ってもらい

何かを感じてもらう手助けになると思いました。


四ノ宮監督のように、フィリピンへの想いを抱く人は大勢います。

そんな人達の力がひとつになって

もっともっと大きな波になる日がくればいいのにと願います。



Boy

街頭募金

先日、スカウトの子供達と街頭箱を持って街角に立ちました。


神父さまがマニラへ届ける募金を集めるためです。

今回のお金は、ストリートチルドレンの施設

カノッサヘルスセンター に寄付をするそうです。


募金前に、スカウト達にフィリピンの事情を話すことにしました。

私が受け持っているスカウトは小学校1年生の男の子達です。


『 みんなは、お父さんやお母さんがいなかったらどうする?』

『 ゲームやりまくる~ニコニコ


『 そうじゃなくて、一人ぼっちで生活しなきゃならなくなったら

  どうやってご飯を食べたりして生きていくの?』

『 おじいちゃんの家に行ってご飯食べる~ニコニコ


『 親も、おじいちゃんも、だれも頼る人がいなかったらご飯どうする?』

『 ウ○チ食べる~ニコニコ


どうやら、彼らには想像もつかないようです。

まともな答えが返ってきませんショック!あせる


『 フィリピンにはね、親も兄弟もいなくて

 住む家もなくて、食べる物もなくて

 道路で一人ぼっちで生活している子供達が大勢いるんだよ

『 え、そうなんだ!! じゃあ100万円集める~ニコニコ


『 金額じゃないんだよ。1円でも1000円でも

 そのお金は募金してくれた人の優しい心なんだからね

『 は~いニコニコ 



私の住む町は、心優しい人が多く

わざわざ、車の窓から手招きして募金してくれたりします。

タイ焼き屋のお兄さんから、タイ焼きの差し入もあります。


しばらくすると、1人の中年男性が近づいてきました。


『 そのお金、違う事に使われるんだから

 あんた達、そんな事しても無駄だよ 』


いきなり子供達に、こう言い放ったのですむかっ

(しかもニヤニヤしながら)


たしかに、近頃は怪しげなボランティア団体の話がありますが

スカウトの制服を着ていましたし、苦情なら傍にいた私に言うべきです。

わざわざ、幼い子供に言う必要は無いでしょうパンチ!



子供達が傷ついたのではないかと心配でしたが…


しばらくして

また戻ってきたさっきの中年男性に


フィリピンの恵まれない子ども達に

募金お願いしま~すo(^▽^)o


さすが!! 私の教え子たち

まったく負けていませんにひひ



というわけで、雪がちらつく中を子供達は頑張ってくれました。

町の人々の温かい募金と、子ども達の心は

来年1月に、お隣の国フィリピンへ届けられます。


フィリピン人介護士

先日、授業中に

先生がフィリピン人介護士の話をしました。


『 日本で、フィリピン人介護士の受け入れを許可したので

 もうすぐ、たくさんのフィリピン人介護士がやってきます 』


そうそう、私は楽しみなんだなぁ~音譜


『 でも、彼等がやってきても高いハードルがあって

  日本語が出来ないと送り返されるから大丈夫 』


大丈夫って…あせる

それって、彼等に来て欲しくないのですかショック!


と言うわけで、ちょっとだけ調べてみました。



正確な話はわからなかったのですが…


フィリピン国内でジェフリー君 のような研修を受け

日本語能力検定3、4級に合格して、日本へ来ます。


1年間は研修性として働き、さらに1年後は

日本語能力検定2級に合格しないと帰国させられるのだそうです。


日本語能力2級といえば

漢字1000字、語彙6000語を習得し

一般的な会話と読み書きできる能力なのだそうです。

(日本語を600時間程度学習し、中級日本語コースを修了したレベル)


これが、先生の話していた高いハードルですね。



私達日本人が初めて英語にふれ(中学、高校で習わなかったとして)

介護の勉強や仕事をしながら、2年間で英検2級に合格できるでしょうか?

大きな希望を抱き日本に来て、もし1年後に不合格だったら…

オーバースティを増やす事にもなりかねない懸念を感じます。

日本の提示した高いハードルは、あまりにも無理難題のような気が…


介護の仕事も、人の生き死に接する機会の多い仕事ですから

安易な気持ちで、やることは出来ませんが…

日本でヘルバー2級の最短コース

自宅で本を読んで、レポートを提出して

実技を30時間クリアすると、取得できます。

(中には本を理解しないで、書き写すだけだったり)


そんな、容易に取得できるヘルパーの資格に比べると

ジェフリー君達の方が、よっぽど高いレベルでの

プロフェッショナルな教育を受けていると思います。


最初は、たどたどしい日本語でも

その面白い会話が、コミニュケーションのきっかけになるしチョキ

なんと言っても、彼等のたぐいまれなポスピタリティ
日本人介護士のお手本になるしチョキ



私は先生の考えとは相反して

フィリピン人介護士はドンドン受け入れて欲しいと願っていますニコニコ


君が代♪

先日、エセル とボンとドライブをしていたら…


突然、後ろから君が代が聞こえてきますあせる


きぃみぃがぁあ~よぉ~わぁ~

ちよぉにぃ~~やちぃよぉにぃ~~

さぁざぁれぇ~いしのぉ~いわおとぉ~な~りて~

こけのぉ~むぅ~すぅ~まぁ~あ~でぇ~音譜


ビックリしましたショック!

後ろの席に座っているボンが、完璧な歌詞で歌っていたのです。


『 ボン、その歌どこで教わったの?』

『 学校で習ったよ 』


ボン


私の息子達が通った学校は、先生達の組合の力が強かったので

入学式や卒業式で国歌斉唱の時、起立するのはダメ!!

もちろん、君が代を歌うのはNG!!


さらに音楽の授業では先生が

「君が代は悪い歌ですからね」 と子供達に教え込んでいました。


良いか悪いかは子供達が大人になったら自分達で判断する事

教師が個人的な思想まで生徒に強いる必要は無いプンプン


これが私の考えでしたので、エセルに言いました。



『 ボンの先生は素晴らしい先生です。

 私は、息子達の先生を嫌いでしたむかっ

『 ホワイ?』


『 理由は、国歌を生徒に悪い歌だと教え込んだのです 』

『 イズ イット ジョーキングニコニコ


『 ホントです、日本は先生の組織力が強くて…あせる

『 ・・・・・はてなマーク


組合を英語で何と言うのか知りませんでした。

そのため、エセルは誤解したようです。


『 mahalは小さい時先生に怒られてトラウマになっているでしょうにひひ

『 違うってば~あせる


『 きゃはは、mahal、子供の時トルネード・ガールだったのねにひひ

『 違うって、そのうち辞書を引きながら、メールで詳しく説明しますあせる


それでも、エセルは笑いが止まりません。

子供時代おてんばな少女だったと誤解されてしまいました。



その後、メールで説明するのもやめました。

どんなに上手に説明しても

あれだけ国歌を大切にするフィリピン人のエセルには

日本の事情は、理解不可能だと思うからです。 

God bless you

この言葉は、神父さまとフィリピンへ行った時に知りました。

私もホームスティ先の子供達や、エセルの子供達にしてもらいました。


目上の人や、年上の人の手の甲を

自分の額につけて「ゴッド ブレス ユー」と言うのです。

たぶんその意味は

「神様のご加護がありますように」

素敵な習慣ですニコニコ


カトリックが大半を占めるフィリピンでは

神父さまとわかれば、皆が寄ってきて「ゴッド ブレス ユー」の嵐です。

スモーキーバレーやスラムでも同じです。




先月、神父さまがヨーロッパの巡礼ツアーに行ってきました。


そのお土産話を聞いている時…


『 mahalさん、僕は搭乗からローマン・カラーを着て行きました 』


*ローマン・カラーとはカトリックの司祭が着る学生服のような襟の服です


『 飛行機の中で、僕をジーッと見ているフィリピン人がいたんです。

 そして、彼は僕に近づいてきました。その後どうなったと思いますか?』

『 ゴッド ブレス ユーと言われたのでしょう?』


『 僕もそう思いました、だから手を差し出しました 』

『 違ったのですか?』


『 彼は僕の耳元で「神父さまファスナーが全開ですよ」と言ったんです 』

『 ゲッ!! その後、神父さまはどうしたのですか?』


『 あわてて後ろ向きになって、ファスナーを閉めましたよ 』

『 彼はどうしましたか?』


『 振り返ると、姿が消えていましたニコニコ

『 ・・・・・ショック!



『 しかも、その続きがあるんですニコニコ



『 日本から同行したオバサン達は

 最初から僕のファスナー全開に気がついていて

 誰が僕に教えるかについてずっともめていたんだそうです 』




あっはっはー(⌒○⌒)

フィリピン・介護士を目指す子ども

今日は、珍しくヒマな一日だったので…


先日から気になっていた、フィリピン・介護士をめざす子供

観たくて観たくてたまらなくなりました。


何人かの友達に尋ねたことろ、録画している友人を見つけましたチョキ

早速借りに行き、午後からはビデオ鑑賞をしました。



23日の再放送を楽しみにしている方のために多くは語りませんが…


両親は離婚して、何年も前から音信不通

お兄さんは、仕事をしないでブラブラ

そんな環境の中、ジェフリー君は

癌で余命幾ばくも無いおばあちゃんの面倒を見ながら

昼間は介護士の学校へ通い、おばあちゃんのお世話をして

夜中から朝方にかけ仕事をして、学校へ通っています。


実習で、最初はギクシャクしていたお婆ちゃんとの関係でしたが

最後には心を開いてもらい、涙のお別れ…。


その時のジェフリー君の言った言葉

『 お婆さんに優しくしてあげる事ができて良かった。

 お婆さんが僕の気持ちを受け止めてくれた事が嬉しい 』


この時、私の顔は涙でグチャグチャでしたカゼ




私も数ヵ月後には実習があります。

その時、ジェフリー君のような気持ちで実習を終了できるよう

私も、彼のように真心を尽くそうと思いました。



病気で寝たきりのお婆ちゃんに添い寝をしながら

『 ロ~ラ、僕がそばにいるから安心しておやすみ 』

何度も言っていました。



神父さまが、『スカウト達に絶対に観せたい!! 』と言って

興奮していた気持ちが、わかったような気がします。


学生


11/23(木) 22:10~ 衛星第1/デジタル衛星第1

みなさん、お忘れなく!!

神父さまの命令

久しぶりに、神父さま に会いました。



『 mahalさん!! この前のNHKの番組を観ましたか?』


私の顔を見るなり

大きな目をギョロギョロさせながら聞いてきましたあせる



『 NHKの番組って言っても・・・なんでしょう? 』


『 フィリピンの看護士になりたい子供の番組ですよ!!

 アナタは、アノ凄い番組を観なかったのですかプンプン

『 すいません、観ていません・・・』


『 あれは素晴らしい番組でしたよ。

 ボクがスカウト達に見せたいフィリピンの全てが映っていましたよ!! 』

『 そうなんですか~ 』


『 mahalさん、HNKに電話をかけてビデオを送ってもらってください!! 』

『 私がですか~?』


『 そうです、スカウト達に見せるのだからアナタが電話するんです!! 』


神父さま、意味わからないんですけど・・・あせる



『 ビデオ、そんな簡単に送ってくれるでしょうか?』

『 送ってくれますよ、あんなに素晴らしい番組なんですから!!得意げ


神父さま、その根拠もわからないんですけど・・・あせる



感情の起伏の激しい神父さまが電話するのも心配だったので

結局、私が電話をかけました。



アジアに生きる子供たち 僕とおばあちゃんのため

~フィリピン・介護士を目指す子ども~

11/23(木) 22:10~ 衛星第1/デジタル衛星第1


子供達


再放送、するそうですニコニコチョキ

(全国ネットなのかは解りません)


reneeさんの記事 に詳しく書かれています。



神父さまに逆ギレされなくて良かった~にひひ音譜


暇が無い

最近忙しくてブログをアップできませんでしたあせる


なぜ忙しいかって?



半年前、永年勤めた会社を辞めました。

遣り甲斐とか生き甲斐を感じなくなってしまったからですシラー


最初の頃は旅行に行ったり、お友達とお茶をしていたのですが

いささか時間を持て余し、グータラした生活を送っていたので

毎月、体重が1kgアップしてしまいましたあせる


このまま時間を無駄にしては勿体無いと思い

以前から、障がい者のお世話をしたいと考えていたので

今、私は介護の勉強をしている真っ最中です。


QOL(Quality of Life) ADL(Activities of Daily Living)

ノーマライゼーション ストレスマネジメント ボディマネジメント

毎日毎日、聞きなれない言葉の応酬ですあせる


介護の勉強は奥が深いです。

勉強を進めるほどに目からウロコです。


若い時に比べると、3倍は勉強しないと頭にインプットされませんが

毎日が楽しくてたまりません音譜



今度、マニラの施設 へ行ったら

あの子達 に、もっともっと、お世話をしてあげられるし


この勉強は、

私のライフワークの、ボーイスカウトでも活用できます音譜


そうです。私にとって、一石三鳥なのですニコニコチョキ




毎日、お弁当を持って学校に出かけ

休み時間は、先生に解らないところを質問して

お昼はクラスメートとおしゃべりをして

放課後は掃除当番もやっています。




今、私は女学生なのですo(≧∇≦)o