95歳のジェントルマン
私の勤める施設に95歳のおじいちゃんがいます。
クチ髭を伸ばしているのですが、それがとても似合っています。
まるで英国紳士のようです
彼は認知はありませんが、かなりの高血圧症で
長い間起きていると、血圧が下がり、倒れこんでしまいます。
そのため、ほとんど会話はしません。
血圧が下がりすぎると、幻覚を見る事が時々あります。
かなり老衰もあり、食事とトイレ以外は一日中寝ています。
紙パンツかオムツ使用が当然の状態なのですが
トイレはヨロヨロになりながら
必ず自分でベッド横のポータブルにします。
たまに、ズボンをはかないうちに力尽きてしまい
下半身丸出しのままベッドに仰向けに倒れこんでいるのも
ここまで頑張るのはジェントルマンのポリシーなのだと思うと
ただただ微笑ましく思います。
ある日、私が彼を車椅子から食卓のイスに移乗する時に
日頃からおせっかいな同僚が、なぜか後ろから車椅子を押してしまい
おじいちゃんの手にケガをさせてしまいました。
しかし、同僚はシカトしたのです。
私はどうしたらイイのか困ってしまい
まずは別の同僚に、その事故の件を相談しました。
そして、二人で彼のケガの具合を見に行ったのです。
私たちは、寝ているおじいちゃんの手を取り
内出血している部分を見ていました。
その時、おじいちゃんは目を覚ましてしまいました。
『○○さん、ごめんなさいね。手は痛みませんか?』
と声をかけました。
すると、おじいちゃんは絞りだすような声で
『 誰も悪くない・・・誰も悪くない・・・』
と、うわ言のように言うのです。
モウロウとしながらも、私たちスタッフへの気遣いなのです。
そんなおじいちゃんが、3週間前に病院へ転院してしまいました。
血圧が下がりすぎて元に戻らず
食事を取れなくなり点滴開始になってしまったからです。
病院へ行くとオムツになり、さらには強い薬により
どうしても意識レベルを落とされてしまいます。
年齢を考えても、もう施設へ戻ってくる事はないだろうなと思っていました。
ちょうど介護認定の時期だったおじいちゃんの介護度4は
介護度5に上がってしまいました
そんなおじいちゃんが、先日病院から戻ってきたのです。
しかし、案の定、オムツをしての帰還でした。
『 ○○さん、お帰りなさい 』
感情移入はいけない事だけど、涙が出てしまいました。
入院時の状態を考えると、また会えるとは思っていなかったのです。
『 ・・・ただいま・・・ 』
クシャクシャだけど、満面の笑みです。
『 オシッコが出たら、ナースコールを鳴らしてね 』
しばらくすると、ナースコールが鳴りました。
『 どうしましたか?』
『 ・・・オシッコがしたい・・・ 』
『 オシッコが出たんじゃなくて?』
『 ・・・今からオシッコが出る・・・トイレでしたいんだ・・・ 』
もちろん、私たちはおじいちゃんのオムツを外しました。
おじいちゃんはヨロヨロしながらも、ポータブルトイレで済ませました。
失禁したってOKです。
おじいちゃんが自分でトイレで用を足したいと言う限り
私たちは、力を貸してあげるつもりです